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by last_diary |
2012年 04月 05日
東京から京都に引越してきて9ヶ月がたった。やっとギャラリーの場所も見つかり、改装している。多額の金がかかった。またアホなことを始める。馬喰町の時もかかったな。何で僕はこんなに経済感覚がないんだろうか。金をもうけたらいいのに使う方へ走ってしまう。みんなが集えて楽しめる空間を作りたいだけなんだ。表現をしたい人が表現をできる場を作りたいんだ。表現をするというのはそれなりの覚悟がないとできないと思っている。だから覚悟をしている作家たちと仕事をしたい。出版とギャラリーは似ているようだけど、全然違う。どちらも運営することは非常に難しいことだ。特に僕はギャラリーで働いた経験がなく、見よう見まねでやってきた。だから大金持ちのコレクターを知っているわけではない。売るルートをたくさん持ってるわけではないが、徐々に増えてきているとは思う。
東京にあったギャラリーを閉めて、1年弱になった。再開にあたって不安なのだが、どこか楽しんでいる。僕は死んでも死なないといつも思っている。色々な人たちとこの間出会いもあった。様々なプロジェクトの話もある。これからできることできないことたくさんある。着実に拠点が東京から京都に移りつつある。この地で骨を埋めることになるのだろうか。京都霊園にはお家の墓がある。まさか自分が京都に住むことも、こっちで仕事をすることも1年前までは想像なんてしなかった。不思議な気分なんだ。縁というのだろうか。ご縁があって京都にやってきたんだと今ではそう思うようにしている。すべてのことは必然なのかどうかわからないけど。死ぬまでチャレンジャーなのかな。死んでもチャレンジャーということか。遊んで遊び倒してちょっと仕事して、また遊ぶ。ほんでちょっとだけ仕事をする。死ぬときは道端なのかもな。楽しい人生を送ってきた。後悔をしながら生き続けたくない。後悔をもちろんすることはある。 2012年4月21日に京都フォイルギャラリーがオープンする。 さぁ、明日はどっちだ!! p.s. 4月26、27日あたりからゴールデンウィークの終わりまでお手伝いしてくれる人を募集します。交通費と昼飯代くらいは出せます。主にアート京都と禅居庵のイベントのお手伝いです。もし、お願いできる方がいらっしゃれば至急連絡下さい。 2012年 02月 13日
いよいよギャラリーオープンに向けて動き出した。長い道のりだったな。当初、四条大宮の物件に入ることになっていたが、突然オーナー側から賃借はやめて売ることにしたという連絡を受けた。もう図面もできていた。完全に梯子を外されてしまった形になった。一から物件を探さなければならなくなって愕然とした。
それからどれだけ物件を見ただろうか。8月に京都に引っ越してきて7ヶ月かかった。やっと上京区の智恵光院通りにある物件に出会った。元々は反物屋さんだったビルだ。智恵光院は西陣の中にあるビルだ。かなり古いビルだ。フォイルが入っていた東京の馬喰町のビルと同じくらいの年代に建てられたのではないだろうか。馬喰町も西陣も同じ繊維の街であるのも不思議に思ってしまう。それを縁というのだろう。非常に昭和のニオイがする趣きあるビルです。これから改装が始まります。どんなギャラリーになるのか。自分でも楽しみです。1・2階はデザイン会社も運営するマーブルさんのcafe marbleが入ります。3階はフォイルギャラリー、4階は出版社フォイル及び複数の事務所が入る予定です。面白いビルになることは間違いありません。それぞれの「智恵」を出しながら様々なイベントや展示をやっていこうと思っています。 ここまでくるのに、どれだけマーブルの長井さんや禅居庵の上松さんと打ち合わせというか、飲みながら話をしてきたでしょう。「ああだ、こうだ」といいながらもうそこまできた。智恵光院通り、その名のとおり「智恵」を出しながら光りたいと思う。みんな来てね! 2012年 01月 11日
本当に本が売れない時代になった。僕が出版界に入ってからずっと出版不況と言われ続けてきたのだが、僕が今まで経験した中で最も売れない時代になったと確信している。
リーマン・ショック後の地震、津波、原発の放射能漏れ、ヨーロッパの経済不安、そして超円高に加え消費税が上がる。無茶苦茶だよ。こんな時に消費税を上げたらどういうことになるかは、誰でもわかるだろう。日本に国策というものがあるのだろうか?本当に国に奉仕をしようとする政治家がどこまでいるんだろうか? 例えば、エコカーには助成金はおりるが、他の産業には?出版にも助成して貰いたいものである。本を買えば2割引とか、1万円以上買ったら5千円分のクーポン券を貰えて、また本が買えるとかやってほしいよ。 それぞれの出版社の企業努力で何とかこの不況を乗り切れる問題ではなくなったのではないかと思う。このままでは多くの出版社が倒産してしまう。売れないのはその出版社が出してる本がつまらないから売れないという人がいるかもしれない。それも一理ある。ただ、それだけなのかと思う。有名人や売れっ子作家の本を作ったらいいのである。努力しなくてもダイエットが出来る本、部下から慕われるために上司は何をすべきかみたいな本、たぶん売れるぜ。そんなチンポもたたない本を、僕は作りたくない。チンポもたたない本を作れば売れるかもしれない。社会の多くの人はその本を買うかもしれない。僕が経営しているような零細出版社が、そんなことして何になるのだろうか。ただ死なないために作る本なんて作りたくない。それなら死を選ぶだろう。ただ言いたかったのは、出版界も変わらなければいけない。大きな変革をしないと業界が死んでしまうと本当に思う。再販制度、電子書籍などの問題をどうしていくのか。小さな出版社が制度を変えられるほど政治力があるわけではない。僕たちが手の届かないところで色々決まってしまう。何とかならないものかと毎日のように考えている。答えはない。でも考えている。 2012年が始まった。今年はどんな年になるのか?みんなにとっても、僕にとってもいい年であることを切に祈りたい。 2011年 12月 01日
どっかの製紙会社の御曹司が捕まったな。
僕は世界のいろんな国のカジノに行ってきた。VIPルームには入ったことはないが。億くらいを普通に持ってないと入れてくれないと思うけどね。カジノはルーレット、スロット、ブラックジャック、バカラ、ポーカーなどがある。 僕はブラックジャックが好きだ。その次はバカラかな。ブラックジャックはプレイヤー側に暗黙のルールがあるので初心者には要注意だ。引いてはいけないところでカードを引いてしまうと、他のプレイヤーから罵詈雑言を浴びせられる。ディーラーとプレイヤーにまず2枚のカードが配られる。それで絵札とエースのカードがくればブラックジャックになり、ディーラーがブラックジャックでなければ、かけた1.5倍のチップが払われる。 プレイヤー側はディーラー側の1枚目のカードを見ることができる。例えばそのカードが2〜6だったら、プレイヤー側のカードが2枚で12〜16の数字だと絶対に引いてはいけないというルールがある。これは中・上級者なら誰でも知っている。なぜ引いてはいけないか。それはディーラーを全員でバーストさせてみんなでもうけようというゲームであるからだ。確率論的に、いまディーラーは16で絵札を引く可能性が高いと思い、いくらこっちが12で引きたくても引いてはいけないのである。こまごまとしたルールは他にいっぱいあるが、ブラックジャックはテーブルに6、7人は座るので要注意だ。これは差別ではないが、中国人はすぐ罵詈雑言を浴びせる。マカオのカジノはすごいよ。中国人はそれだけ熱くなれるのかもしれないが。 最低賭け金と最高賭け金が各テーブルに提示されているので身の丈に合った金額を張るのがいいだろう。本気でギャンブルするならテーブルに入ってからその場の雰囲気を読んで、勝つと思うときに大きく張るのがいいだろう。勝つと思っても勝つとは限らない。負けるかなと思っても勝つことがある。ギャンブルは不思議だ。熱くなったら休憩をしたりして冷静になることだ。熱くなり過ぎたらもう勝てないと思へ。ギャンブルは失敗から学ばないといけない。常に失敗するのだ。失敗をするのを、大きくしないことだ。負けるときは傷口を浅く、勝っているときにどこで止められるかなのだ。 ディーラーがどんどん替わる。調子のいいディーラー、悪いディーラー色々ある。人生みたいなもんだ。ええときもあれば悪いときもある。ずっとええときなんてない。ずっと悪いときばかりでもない。昔の人はええこと言うな。頭を垂れよ。地位が上がったり、有名になったらその分頭を垂れないとな。俺は頭を垂れへんけどな、ちゃんちゃん。 2011年 11月 08日
編集者とはなんぞや。いつも言っていることだが、あってもなくてもいい仕事。アーティストでも作家でもない。何にも創ってないのだ。ものを創り出す人たちのお手伝いをしているだけなのだ。たいした仕事ではない。世間では横文字でエディターと呼んでいるみたいだ。アホ、ボケ、カス、死ねと思う。
編集者は作りたい本が溢れんばかりに出てきて、どうしようもなくその本を作ってしまう。作らざるを得なくやってしまう人のことを編集者と呼ぶ。のほほんとボケーっとして生きてる輩がやれる仕事ではない。作家やアーティストは時には猛獣である。そういう人たちと対等に話ができないといけない。そうでないと呑み込まれたり、喰い殺されたりする。作家がいい人だとは限らない。いい人もいるがそうでない人もいる。考えてみて、作家がいい人である必要があるのか?いい人でなくてもその作家が創り出す作品が素晴しければいいのだ。いい人なんだけど作品がいまいちなんだよね、という作家と仕事がしたいか? 頭で考えろ、体で感じろ、想像しろ、できないやつは編集者なんかやめろ。編集者になるために何をしなければならないのか、どんな編集者になりたいのか、少なくとも僕は考えてきた。僕の家には本がなかった。学校も出ていない。そんな僕がたまたま出版界にきてしまった。そこで生き残るために何を考えてきたか。普通に同じだけの本を読んでも今からだと遅すぎるし、知識もない。 例えば作家に原稿を依頼したい。みんな何冊もその作家の本を読んでたらたら原稿を依頼するのを見ていた僕は、一冊読んですごくよかったことを手紙でその作家に伝えて原稿依頼してきた。思いっきり感動したことを手紙に綴った。作家はアホやない。思いっきり感動したことを伝えれば、それは伝わるんだ。どう何を感動したかが大切なんだ。感動もしていない作家には手紙も電話もしない。その作家が有名とか無名なんて関係ない。有名な作家が零細の出版社に書いてくれるか?基本的には不可能に近い。でも不可能を可能にするには何をしないといけないのかを考えなければならない。人はそれぞれ違う。方程式などない。自分の方法は自分であみだせ。
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